2005年11月24日木曜日

「美の基準にも勝ち組と負け組がでてくる」(脳科学者、茂木健一郎)



今晩の日経「あすへの話題」コ ラムで、茂木健一郎氏は、アンディー・ウォーフォールの絵と寿司屋の宝船を比較して、脳科学的且つ哲学的な論考を広げられている。

抜粋:
  1. アンディー・ウォーフォールの「フラワー」は二時間見ても飽きなかった。
  2. その夜、寿司屋に行ったら宝船が飾ってあったが、ウォーフォールに比べるとあか抜けない。
  3. ウォーフォールと宝船の運命を分けたものは何か?
  4. この世に絶対的な美の基準はない。美は、脳の中の記憶と感情のシステムが複雑に絡み合って、長い時間をかけてゆっく りと作り上げられる「フィクション」なのである。
  5. ところがこのフィクションがあたかも絶対的な地位を持つように感じられるにいたる。
  6. グローバリズムの中、美の基準もグローバル化している。その中で、美の勝ち組と負け組がどうしてもでてくる。価値は 平等だとは言っても、「中心」と「周縁」の差は生まれる。

身も蓋もない話だが、真実は往々にして身も蓋もないものなのである。勇ま しいニッポンナショナリストたちも、あまり夜郎自大にならない方がいい。

なぞなぞ(行政改革系)「“みどりのおばさん”の年収はいくらでしょうか?」



今日の日経夕刊読書欄で仕入れたなぞなぞ。

答:東京世田谷区の場合で、年収は790万円とのこと。

他にも、給食のおばさんが850万円、公用車の運転手が1050万円とか書いてあった。

元データーはこの本にあるという:

不滅の「役人天国」 Undying Official's Paradise All Over Japan
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光文社 2005-10-01
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話半分にしても、すごいね。

2005年11月22日火曜日

なぞなぞ(式典系):テープカットの時どうしてテープは地面に落ちるのでしょうか?



最近気になっていることがある。どっかで博物館なんか出来ると、開館式だと言ってテープカットがにぎにぎしく行われる。数名の来賓代表が一緒にテープを切るのだが、必ず切ったテープが地面に落っこちてしまうのだ。ちょっとカッコワルイ。なぜこういう事態が続くのか?

みんなが左手にテープを持ち右手の鋏でカットする限りこういうことは起こらないはず。ということは、左利きの人が混じっているのだ。左利きの比率とはそんなに高かったのか?

さっそく検索してみたら、こんなページが見つかった。

利き手の検査方法とデータ 。曰く:



鋏を左手で使う人は7.5%とのこと。でもテープを切る人はいつもせいぜい数名だし、それにしてはテープが地面に落ちる確率が高すぎるように思う(見るたびに落ちてるもの)。

同じページでこういう記述があったので、一応これで説明できるのだと言うこととする:



来賓には芸術家が多いのであった!


2005年11月15日火曜日

「頭がいい」とか「あいつはバカだ」といった知性にかかわる判定は「言ったもん勝ち」なのである{内田樹)



finalvent さんが言及されていた記事だけれど、なかに面白い言葉があったので、さっそく名言集に収 録。

何かコメントを付けるべきなん だろうけれど、あんまりアタマよくないので、気の利いたコメントが出来ない。残念。

2005年11月13日日曜日

NHK新日曜美術館「ダヴィッド」……佐藤亜紀という人が面白かった



今日の新日曜美術館。ダヴィッドがテーマだったが、とてもよかった。ナポレオンとかフランス歴史がテーマとくると、例によって解説は○カシナ先生か△バヤシ先生かと思ったら、見慣れない女性が独特の口調で喋りまくっている。これがすごいのです。

ダヴィッドが描いた息子に死刑を宣告したブルータスを題材にした絵画の解説で、処刑されて戻ってきた息子の死体のサンダルの色に着目し、「これだけ派手なサンダルを履く男は並でない自信を持った立派な若者だったはず、家族の誇りだったことが想像される、だから一層悲しみが深まる」とおっしゃったのには、正直驚倒。目からうろこであった。他にも二塁打三塁打どんどん連発。

いったいどういう人物なのか、調べてみるとSF?小説家とのこと。その分野ではとても有名な方らしい。ブログ↓も書いてられる。さっそくRSS購読。

http://tamanoir.air-nifty.com/jours/ 

ホームページは↓

http://home.att.ne.jp/iota/aloysius/tamanoir/index.html 


後生畏るべしだね。

Posted: Sun - November 13, 2005 at 10:36 AM   Letter from Yochomachi   展覧会   Previous   Next  Comments (7)  

2005年11月8日火曜日

「仮面の弱者を許容せず“真の弱者”を絞り込め」(田中直毅)




今朝の日経経済教室で田中直毅 が書いている。曰く:
公務員(政府)が行う郵政事業に関して、社会(過疎地など)の弱者保護と結びつける民営化反対論を排除 したのが先の選挙であったとすれば、「真の弱者」を絞り込み、55年体制のもとでの仮面の弱者を許容しない基準が不可欠となろう。

本当の弱者への支援が、「2005年体制」のきわめて大きな課題となる と。同感。

最近こんな本を書かれたそう だ。
二00五年体制の誕生
453235188X田 中 直毅

日本経済新聞社出版局 2005-11-09
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「2005年体制」というのは、言えていると思う。経済は歴史的な視点で 考えないといけないのである。

Posted: Tue - November 8, 2005 at 06:08 PM   Letter from Yochomachi   名言(迷言)集   Previous   Next   Comments (4)  

2005年11月1日火曜日

無段階変速器(CVT)は自動車を電車に変えた?



散人は旧世代の人間だから、クルマの変速器はマニュアルで当たり前の時代に育った。でもそのうちATが当たり前になってやっと慣れたと思ったら、いまや時代はCVT(無段階変速器)の時代になっている。最初かなり違和感があったが、なかなかいい。もうこっちの方がよくなってしまった。ちょっとしたコツを。

アウディA4カブリオレには「マルチトロニック」というアウディ社独自のCVTが付いている。これはエンジン縦置きFF車だけにしか付いておらず、クアトロ(4駆車)には装備されていない。スチールベルトと可変プーリーの組み合わせによる無段階変速器だが、滑らかで慣れるとすこぶる快適。

さらに、従来のCVTでは、エンジンの回転アップとクルマの加速に一瞬のタイムラグが生じる欠点があったのだが、このマルチトロニックは:
マルチトロニックは、「ラバーバンド」現象を排除することに成功した最初のCVTトランスミッションであったというもう1つの強みを持っています。 「ラバーバンド」現象とは、アクセルを踏み込んだときに瞬時、エンジンが空転して有効な加速が得られないという、その当時の無段変速機に見られた好ましくない症状でした。

とのことで、なかなかリスポンスはいい。でもやっぱりマニュアルとか従来型のATよりは鈍い「感じ」がする。理由は何なのか、回転計を見ながらいろいろ試してみた。

まずアイドリング時だが、回転数は700回転。クルマを普通にゆっくり発進させると回転計は1300回転に上がる。そのまま時速50キロ程度のスピードまで回転数は1300回転のまま変化しない。またブレーキを踏んで速度を落としても1300回転のまま。変速器のギアレシオが微妙に変化することで速度変化に対応しているのだ。

ちょっと余分に加速しようとアクセルを踏むと、回転は2100回転に上がるが(もう一息踏むと3000回転になるが)アクセルを戻すとまた1300回転に落ちる。つまり都会で時速50キロ以内で走っている限りはエンジンの回転数は1300回転で一定なのである。違和感の原因はここにあった。つまりトルクが低い1300回転が基準になっているから、足の指にちょっと力を入れる程度の加速では加速感がもの足らなかったのである(アクセルを踏み込めばいいのだが、そうすると一挙に2100回転になり今度はびっくりしてしまう)。

都内で頻繁に車線変更をする必要がある場合、微妙な加速が結構大切(車線変更をする場合、車は斜めに余分に進まねばならず、加速しないと後ろのクルマが近づいてしまう)。どうしようかと考えていたら、アウディには普通の「D」モードに加え、「S」モードというのがあるのに気が付いた。今まで使ったことのないモードだが、やってみると、あらあら驚き。「D」モードでは基準の回転数が1300回転であったのが、これが2100回転になるではないか。つまり「S」モードにしておけば、エンジンは常に2100回転で回っている。これなら微妙な加速も自由自在ということになる。やってみると車線変更が格段にやりやすくなった。

山道などでもっとトルクが必要なときはどうするかだが、これを応用する。つまりマニュアルモード(ノークラッチ)に変え、回転計を見ながら常に3000回転になるように「+」と「−」ノブをコツコツやって調整しておればいいのである。「回転数がはじめにありき」で、ギアはそれにあわせる。そういえば、レーサーなどはそんなことをしていると読んだこともあったが、今回自分で発見したのでご披露。これ結構役に立つよ。

それにしても無段階変速とは、いままでの速度が上げるのにエンジンの回転数がジグザグに上がるのが当然と思っている散人のような旧人類にとっては、なんとも不思議な世界だ。まるで電車の運転をしているような感じ。時代の変化は激しい。

2005年10月29日土曜日

温泉旅館に行くか、別荘を買うか、どっちが得?



今晩のテレビ。例によって何にも見るものがないのでテレビ東京(12ch)の温泉旅行番組で時間つぶし。驚いたのはお値段。

特別に安い旅館を紹介しているとのことだが、それでも軒並み2万円近い。一人あたりの値段だから、家族三人で行くとすれば一泊6万円。おまけにものすごく肥りそうな旅館定番料理を食べ ることを強要される。あとはおきまりの露天風呂。堪忍して欲しいわ!

いままで別荘を持つのはホテルに泊まることと比較すれば絶対に不経済だとされてきた。でもどうなのだろう? そうではないのではないか?

例えば、今晩の番組で紹介されたような(それほど大したこともない旅館に)月一度行くとして、年間家族三人とすれば、70万円以上かかる。今の金利で逆算すれば、1億円の金融資産の金利収益と同じことだ。 だったら、維持費用なども計算に入れても、5000万円程度の別荘を保有するコストとなんら変わりはないのである。今どきの別荘はもっと安い。おまけに別荘であれば自分たちが好きな健康的な食事も出来るし、お腹がすいてなければ食べないという選択も出来る。

別荘よりも旅館ホテルの方が経済的だという既成概念 は、もはや過去の高金利時代のものだ。現に欧米諸国では、休暇をホテルで過ごすよりもセカンドハウスで過ごすライフスタイルが一般化している。その方が得 だからだ。露天風呂に定番料理さえ用意すれば客は満足すると思っている日本の温泉旅館は、日本の戦後の飢餓体験に基づいたどうしようもなく古いビジネスモ デルを続けているだけではないかと思う。

2005年10月25日火曜日

三番瀬の漁業補償融資43億円と利息56億円、借りた漁協は返済する気もないらしい!



今晩のNHKニュース。三番瀬訴訟に判決が出た。漁協への融資の不当性を訴える原告側の訴えが却下されたとのこと。まったくもう、どうなっているのだ。漁業問題と農業問題は、本質的に同じだから、農業問題のカテゴリーに入れる。

県が漁協に融資したお金は43億円。漁協の組合員は600人。一人あたりとしてはか なりの金額。利息は今まで56億円にも達するが、すべて県(納税者)の負担で、漁協は一銭も払わない。インタビューに出た浦安漁協の組合長は「漁民が泣く ことになってはならない」とおっしゃる。三番瀬は埋め立てられなかったので漁業補償の意味はなくなっている。借金の利子は払わず、さらに元本の返済の意志 もなく、これでは丸儲け。泣くどころか大笑い状態じゃないか。

日 本の海岸線は世界でも有数の長さだ。でもそのすべてが漁協の利権となっている。公共事業をしようと思えば、海岸線に手を付けざるを得ないことが多く、その 度に莫大な漁業補償。三番瀬のように工事を行わない場合でも、巨額の「漁業補償」が支払われる。いわゆる「弱者」が結束することで「政治的強者」となり、 さらに経済的な利益を誘導して「経済的強者」となる例がここにも見受けられる。

可哀想なのは千葉県の勤労者(増税者)だ。

2005年10月24日月曜日

「地方には、貧乏人は住めねえ」だって……都会もんは決して農村に「第二の人生」なんか求めてはいけません!


リファラーを見ていると、散人が書いた「強者・弱者の定義を考えよう(地方の方がよほど豊かだ)」という記事に対するコメントに出くわした。曰く:
馬鹿でねえの? 地方には、貧乏人が住めねえからだよ。

このブログではこれ以上の言及はないので、URLをリファーするのは差し控えるが、彼らの本音がよく出ていると思う。あいつらの考えによると、都会は「貧乏人」が住むところ、地方こそが「まともな金持ち」が住むところであるらしい。


今晩のテレビ(チャンネル失念)でやっていたが、横浜に住んでいた夫婦が北海道に第 二の人生を求めようと、小さな土地を買ってたいへんなご苦労をされている生活を紹介する番組があった。地元にとけ込もうとするご両人のご苦労には頭が下 がったが、所詮、彼らとは「階級が違う」。目黒の碑文谷にぽっと出の田舎の夫婦がやってきて近所付き合いをしようとしてもうまく行かないのと同じ。彼ら (横浜人)も周りから完全に浮いてしまっているのだ。定年退職者などの都会もんは、地元の人にとっては「貧乏人」でしかないからである。

イ ナカモンに「貧乏人」と馬鹿にされながら、なおかつイナカモンに貢いでいる都会もんは、本当に可哀想。今晩の馬鹿グルメ番組でも知床に行って、地元のすし 屋で一人前2500円也のランチ定食を有り難がって食う都会もん老夫婦の映像が紹介されたが、アホを通り越している。一匹2500円の○鯖もそうだ。いい 加減にイナカモンにいいようにボラれるのは止めたらどうかな?


追記)数字で見てもやっぱりそういうことらしい:↓

世帯の一人あたり年間家計費は、サラリーマンより農家の方が15万円以上多い(日経)


2005年10月13日木曜日

魚中心の食事を食べていると痩せにくくなるんだって!


今晩のフジテレビのバカ番組。オモロカッタ。いろんな芸能人を招いて、その人の一週 間の食事を公開して貰う。お医者さん達が、その食生活では5年後、10年後に何が待ちかまえているか診断するという趣向。自信たっぷりに鮨と魚が大好きだ という和食党の芸能人(名前知らない)に対するお医者さんの診断が面白かった。


和食=健康食という思いこみに凝り固まっている人が多い。この芸能人もそう。俺は和食を食っているから、絶対に大丈夫と言うつもりで番組に登場したのだろうが、先生の診断は厳しい。何事も思いこみはよくないですね。

曰く:
  1. マグロとかの赤身の魚を食べ過ぎ。水銀の摂取が危険域を超えている。厚生労働省では妊婦はマグロなどは一週間で80グラムと決めているが、普通の人でも赤身の魚を過剰にとるのは危険だとのこと。
  2. まず痩せにくくなる。脂肪を分解する酵素の働きが水銀のために弱ってしまうと言う。次に疲れがとれにくくなる。脂肪酸の分解が水銀によって妨げられと言う。最後に水銀は脳の働きを妨害するという。セロトニンに影響を及ぼし、キレやすくなったりイライラが多くなると言う。

いくらかでも魚の水銀の悪作用を防止するためには、タマネギを食べればいいとのこと。セビーチェですな。ペルーで日常的に食べられる酢とタマネギで「クック」した生魚だが、あれは賢いお魚の食べ方。魚食の弊害を防止するインカの何千年の伝統的な知恵なのである。

2005年10月12日水曜日

「ソバに1万円も払うバカがいるか」(長良じゅんが義父に怒られた)



今週の週刊朝日「長良じゅんの 人生是浪花節」から。こわもての長良じゅんも育ての親だった信州の親分にこっぴどく怒られたことがあ るという。長良じゅんが上京してからずいぶんたってからのお話し。東京に出てきた義父を赤坂「砂場」に連れて行ってご馳走し、勘定に一万円払ったときのこ とだという。この信州の親分はこう言って烈 火のごとく怒り出したと:
バカ野郎! てめえ頭がおかしいんじゃないか。どこの世界にソバに1万円も払うバカがいるんだ! そん な気持ちで生きていたら、おめえ、末は乞食か野垂れ死にだッ!
そう、最近の蕎麦屋は、やたらにもったいぶっていて、高い。ソバなんか江 戸時代から一杯16文(現在価格では350円)と決まっているもんだ。有り難がって食べるもんじゃない。

Posted: Wed - October 12, 2005 at 02:21 PM   Letter from Yochomachi   名言(迷言)集   Previous   Next   Comments (6)  

2005年9月29日木曜日

「出し惜しみしているうちに、それが実力になっちゃうもんなんですよね」(お気楽、極楽日記 Quoted by 江波戸哲夫)



今晩の日経夕刊の「さらりーま ん生態学」コラムで作家の江波戸哲夫が「毎朝、仕事にかかる前に目を通しているブログの中から」として、上記の名言を引いている。確かにたいへんな名言 だ。

このブログを検索すると出てき た。このエントリー。9月20日の日記にこの名言が出てくる。書いている 人は、目下、売り出し中の30歳のベンチャー企業の経営者とのこと。

江波度哲夫はこう書く:
30歳のこの経営者は自戒を込めてこうつぶやき、59歳の私は自戒を込めてそれを引用した。老いも若き も明日から、アスリートのごとく己の限界と戦いますか?

隠居である散人は、もはや戦わないことにしている。でもこういう戦う人達 はすがすがしいと思う。

2005年9月17日土曜日

生源寺眞一:講演「農業・農村のゆくえと日本社会」……徹底的にクサイ!


 

この講演(学士会夕食会講演、平成17年4月11日)は、日本の主流派農業学者の考え方をもろに代弁しているものである。勉強してみよう。

生源寺眞一氏は、東京大学大学院農学生命科学研究科副研究科長。講演の要旨(意訳):
  1. 日 本の農政の基本は、1999年7月に制定された「食料・農業・農村基本法」。この法律によって、自給率を国として掲げることが法定されている。政府はこれ に基づき2000年3月に、カロリーべースの自給率を2010年に今の40%から45%までに引き上げるという目標を設定した。法律だから守らなければな らないのだ。
  2. 自給率を上げるには、分子の食料生産量を増やすか、分母の食料消費量を抑えるかどちらか。分子の方はいろいろ事情があって難しいので、まず分母の 食料消費量の無駄を何とかしなければならない。肉とか脂肪の摂取はエネルギー換算(穀物換算)で無駄が多い。何を食べるかは消費者の勝手だと言うが、脂肪 のとりすぎは健康に悪いし、病気になれば健康保険に負担が来るわけで、これは個人の自由というわけにはいけない。異論がある人も居ることは承知している が、とにかくそういう風に法律で決まっているのだ。
  3. 分子の食料生産量だが、1989年以降絶対量で低下し始めている。これは日本の農家が賢いからである。すなわちカロリーベースで生産を上げるより 金額ベースで生産を上げる方が利益になるからであり、正しい行為だ。野菜や果物、それに長期肥育させた霜降り肉などは儲かるのだ。カロリーベースでは自給 率の向上にはならない(逆に低下させる)けれど、金銭的には農家にメリットがあるのでよいことだ。
  4. そもそもなんで自給率を上げなければならないのかというと、これは保険である。保険の理論では、保険のモラルハザードが知られているが(例えば自 動車保険に入ると車の運転が粗くなるとか)、食料の場合はそんなことにならない。逆に安寧の基になるのだ。食糧が自給できると国民は妙な行動や不安定な意 志決定を避けることが出来る。
  5. 水田農業はたいへん困った状態にある。政府は経済成長によって人が農業から非農業に移動していくという想定をしていたが、そうなっていない。農業 の規模はほとんど変わっていない。でも、これはそれでも農家はいいからである。大多数の農家は農業以外にも仕事を持っており、農業はいわばホビーみたいな もの。他の収入があるので農産物の価格はそれほど高くなくても良いということになっている。だから社会全体で言って合理的なのだ。
  6. 最近は耕作放棄地が増えすぎて頭が痛い。でもすでに農業はホビーであるという人が大部分であるので、農地を手放すことで所得が減ると言うことでもないので、今後農地の集約化は進むのではないか。
  7. ただ、いきなり大規模農業を日本に導入することは出来ない。先に言った「食料・農業・農村基本計画」では「地域の農業にかかわる多様な主体が存在 する中での農地の利用集積に向けた動きをする」と明記されている。大規模農家も高齢農家も、兼業農家も共存すると言うことに決まっているのである。これは 閣議決定された文章なので守らねばならない。
  8. 日本の農業はコミュニティー活動でもある。市場経済とは異質なモンスーンアジア型のものだ。文化なのだ。こういう共同体文化のよさを都市住民はむ しろ謙虚に学ばねばならない。この考え方に基づき、農村は、自分たちの方から日本社会の在り方に対する発言や提案を始めているのである。共同体精神を忘れ た都市住民は、俺たち農村から学べ。
  9. また農業は今、産業分類上の農業から大きく変わろうとしている。すなわち、加工、流通、外食という分野での付加価値を取り込み、自分たちが支配できる領域を拡大しつつある。つまり農民が活躍する分野を消費者に直結するところまで広げるのだ。

分かりやすくするために意訳した部分もあるが、いやはや、たいへんな主張だ。馬鹿らしくて反論する気にもならないが、二三述べておく:
  1. 1999 年7月に制定された「食料・農業・農村基本法」、これが諸悪の根源であると言うことはよくわかった。法律だから絶対に守らねばならないという主張だが、こ の法律こそが現在の問題を引き起こしているのであり、その問題点が明らかになった今こそ、廃止・改定するべきものであろう。鬼の首を取ったように「法律」 を持ち出すのは、農業関係者の得意とするところであるが、法律策定において彼らはいかに狡猾であったかを物語るものである。
  2. また、食糧自給率を増やすために、食料消費量を抑えるという主張は、本末転倒も甚だしい。「医食同源」の新居裕久先生も言っているように、日本伝統食である粗食は健康を害する。もっと肉と野菜を食べないといけない。自分たちの都合だけで国民の健康を弄んで欲しくない。
  3. 消費者に肉を食うなと、おこがましくも指示するぐらいに食糧自給率を向上が大切だと主張するくせに、お前らの農業生産者に対する態度はなんだ!  お金が儲かる農業だから農民は「賢い」だと? カロリーベースの食糧自給率を上げようと思えば、経済的にはまったく非効率であると認定されている国産牛の 長期肥育霜降り肉なんかは直ちに生産を止めるべきではないのか。穀物を作らずに野菜を作っている農家も(あんたらの主張をそのまま適用すると)廃業させる べきではないのか? 輸入肉の方が脂肪分が少なく健康的だし、輸入野菜の方がミネラルが高い。
  4. 食糧自給率は保険で、しかも保険のモラルハザードは逆の方向に働くという。学者なら、その根拠を示せ。歴史から学ぶことは、むしろそれとまったく 逆のことだ。地政学的に地域内の「食糧資源自給」が可能になると、戦争はむしろ起こりやすくなるのだ。ウヨ的な攘夷論も出てくる。もっと歴史を勉強して欲 しい。
  5. 兼業農家が農産物の価格を安くしているという「理論」には驚いた。お話しにならない。でも、日本の農民がみんな「ホビー」として農業をやっているというくだりには同感。ホビーである以上、逆にわれわれ国民に、貴重な国土を遊び場として使っている「使用料」を払って欲しい。
  6. 兼業農家は農業ではお金を儲けていないので農地を手放すだろう(集約化は進む)という「見通し」にもあきれてものが言えない。農家が耕作放棄農地 であっても農地を決して手放さないのは、農地の期待転売益のためである。うまく宅地転換が出来れば莫大な利益を懐に入れることが出来るわけで、そんな含み 益で天文学的に膨らみ上がっている農地を安い簿価価格で誰が手放すか! 農地の貸し出しについても、小作人権利の発生を嫌って地主は耕作放棄農地ですら貸 し出しにも応じていないではないか。このままでは絶対に日本農地の集約化は進まない。
  7. 兼業農家も、専業農家も、高齢農家も、みなが共存する農村にすると閣議で決まっているから、農業の担い手の集約は出来ないと言うが、これも上で述 べた理由で却下。たかが一内閣の閣議決定文章の「テニヲハ」に拘泥してすでに決まったことだと主張するのは、陰謀を得意とする既得権者一流の詭弁である。
  8. 農村のコミュニティー文化を都市住民は学べと高飛車に出ておられるが、都市にはコミュニティーは存在しないというのか。都市にも伝統のコミュニ ティー文化はある。むしろ、遅れた嫌な農村ムラ文化が都市を汚染することだけは、なんとしてでも阻止しなければならないと都市住民は思っているのだ。前世 紀的な遅れた文化をわれわれに強要するのは、トンデモハップン、願い下げだ。
  9. 最後の農業産業分類を超える農村活動範囲の拡大の話は、要注意である。農協は協同組合であるがゆえに独占禁止法の適用は受けない。いま農村が加 工・流通・外食の分野にも食指を伸ばしていることは承知しているが、保険分野・金融分野(農協共済・農林中金)で農協があれほど巨大になって民業を脅かし ているのに、それだけではまだ不足と言うことらしい。彼らはなにせお金を持っているのでやろうと思えばたいていのことは出来る。自分で農業自体を低生産性 産業に追いやっておいて、政治圧力で稼いだお金(悪銭)を原資に、他の日本の高生産性分野をも支配しようと言うのだ。そうなれば日本経済全体が非効率的な 農協経営化するのは目に見えている。こういう動きには、非常に警戒する必要がある。

Posted: Sat - September 17, 2005 at 09:20 PM   Letter from Yochomachi   農業問題   Previous  Next   Comments (1)  

2005年9月16日金曜日

「オープンカーに乗ると飛ばす気にはならない」(徳大寺有恒)



今朝の日経ボルボの全面広告で、自動車評論家の徳大寺さんが言っている言葉。そうか。みんなオープンカーに乗るようになると車の事故は減る?

徳大寺さんは言う:
僕はオープンが好きだから、必ず一台はオープンカーを所有する。オープンカーを運転するのは本当に楽しい。とばす気にならず、のんびり景色を見てドライブしたいという雰囲気になる。日本は四季折々に楽しめるので、もっと流行ったらいいと思う。

同感。オープンカー(カブリオレ)に乗ると飛ばさない、これは事実だ(最初はちょっと飛ばしてみたが直ぐ止めた)。そのことによる「安全性の向上効果」は今まで無視されてきていると思う。税制上の優遇策とか保険料率の特例とか考えて欲しいな。車の事故の社会コストを確実に低減させているのだから。

ちなみに徳大寺さんが広告で推薦しているのは、ボルボ C70 カブリオレだが、あれは納車に4ヶ月もかかる。アウディの方がいい。

2005年9月14日水曜日

内田樹「勝者の非情・弱者の瀰漫」……強者・弱者の定義をもう少し考えてみよう!

 このエントリー。面白かったけれど、屁理屈であるとも思った。「弱者」の立場に立った論点というのは、すごく共感を呼ぶんだけれど、現在日本の「弱者」は、弱者ゆえに衆を頼んで政治的に強者となり、結果的には経済的にも(他の弱者の犠牲により)強者となっていることが、問題なのである。それが「既得権益」に他ならない。

首都圏から地方に行ってみればよくわかる。首都圏に住む庶民より地方住民は格段にいい暮らしをしている。所得面はいうまでもないが、資産面での格差を考えると、その格差は驚愕するばかり。世界でも一番生産性の低い日本の「弱者」であるという農業家計が、なんでこんなに豊かであるのか。それは、既得権益となっているからだ。誰の負担でそうなっているのいるのか? 世界でも一番生産性が高いという都市の勤労者家計がそのコストを払っているからに他ならない。都市勤労者家計の実質生活水準は、世界でも有数の下位に位置する。おかしいとは思わないか?

内田氏は「弱者が弱者をいじめる」という。とんでもない。弱者を装う強者が日本では多すぎるのである。そのいわゆる「弱者」が、政治的に結束し得ない本当の弱者を搾取している。

日本では、経済的弱者が、衆を頼むことで政治的には強者となり、ひいては他の弱者の負担の上で経済的にも強者となっている。田中角栄(ひいては鈴木宗男)が実現させた歪な世界だ。こういうことを許しておくわけにはいかない!


参考:世帯の一人あたり年間家計費は、サラリーマンより農家の方が15万円以上多い(日経)


2005年8月26日金曜日

「民主党の農業公約は、農村票狙いのばらまきだ」(本間正義)



今朝の朝日新聞「9・11選挙、農政改革」で。朝日新聞も、たまにはまともなことも報道する。東京大学大学院教授の本間正義氏へのインタビュー。

本間教授は言う:
  1. 農業の構造改革とは、生産性の低いところから高いところへ、労働力、土地などの農業生産のための資源を移すことだ。
  2. 生産性の低い農家は、農業を止めて貰うことになる。
  3. (各党の農業公約について、どこに注目すべきか、との質問に)政策が日本の農業を守る目的なのか「農家保護」を狙う政策かを見極めることが重要。民主党の、全ての販売農家に1兆円の補助金をという公約は、農村票狙いのばらまきだ。

都市住民の味方であったと思っていた民主党が、ここまで落ちていたとは知らなかった。哀れ民主党、農村党に変身してしまった。都市住民を裏切った民主党は、結果として選挙で負けるしかないか。

2005年8月23日火曜日

団塊世代の農村移住支援・農水省……時代の流れに逆行している



この記事。一見親切そうに見えるんだけれど、彼らの深慮遠謀(陰謀)が隠されている。団塊の世代よ、だまされてはいけませんよ。

定年退職後「田舎暮らし」を希望する人達は多いという。それにつけ込んだのが、農水 省。耕作放棄された農地や空き家の農家を団塊の世代に貸し出すことで、農村人口の減少に歯止めをかけようと云う。そうまでして農村人口の減少傾向をストッ プさせなければいけないものか? だいたい日本の農村には人が住みすぎているのである。↓

「世界の国々と比べると、国土のいたるところに人が住む日本は異例だ」(日経新聞) 

日経:国土交通省は都市機能の郊外への膨張に歯止めをかける考え

おまけに貸し出す農地は10アール(約300坪)という。異常に農地が細かく細分 されてしまったおかげで生産性が極度に低いのが日本農業の本質的問題。やる気のある大規模農家や企業に農地を集約させることが喫緊の課題であるのに、全く 逆のことをやっている。定年で「園芸的趣味農業」を始めた人達は、死ぬまでその土地を手放さない。農業の大規模化などは進むわけはないのである。

農 水省のやりたいことは、現状の日本農業の特質である「園芸的趣味的農業」の「担い手」に広く定年退職者を取り込むことで、自分たちの支持層を広げようと言 うものであろう。定年退職者も一票を持っているから農村に取り込んでしまえば、自分たちに投票するだろうという読み。いわば体のいい人質。

おまけに農地は更に細分化され、地権借地権が更に複雑化し、大規模化を阻止する効果もある。何か、成田空港建設反対派による「一坪地主運動」を思い出してしまった。

2005年8月18日木曜日

農協新聞:農業理論の貧困……屁理屈を捻出できないから困ると言っても困るな



農協新聞(農業協同組合新聞)は、高い食い物を国民に食わせるのは正義であるとの「理論構築」に必死(ここ)。
い ま農村には、最近の農政はどこか根本的なところで間違っているのではないか、という疑念がある。しかし、それを的確に、また理論的に表明できない、という いらだちがある。「理論は力なり」というが、いまの農業理論は力になっていない。どうも納得できないのである。だから農協運動の原動力になる、しっかりし た理論がほしい、という熱い期待がある

でもね〜、しょせん理屈のないところに、理屈をでっち上げようとしても、しょせん無理。

あなた達が大好きな、ウヨクの笹川良一氏はこう言っている。

「人類、みな兄弟!」。

そう、中国の農民であれ、アメリカの農民であれ、日本人にとってはみな兄弟。みんな日本の都市住民にとって大切な食い物を作ってくれる有り難いお百姓さんなのだ。あんたらだけを優遇することは、笹川良一氏の有り難い教えに反することになる。

2005年8月15日月曜日

なぞなぞ(地域差別系):日本海「美人一県おき説」は正しいのでしょうか?



大笑いした「週刊朝日(8/19, 20合併号)」の調査記事。巷には日本海沿岸では「美人は一県おき」とする説がある。つまり、青森県はまあまま、でも秋田県は美人揃い、山形に入るとまあまあ、新潟に行くとまた美人揃い……以下福井県までその順番というものだ。これは都市伝説・迷信の類か? 週刊朝日は「負け犬」で有名な酒井順子先生を起用して、一週間がかりで1000キロ以上の距離を移動しながらの現地調査を実施せしめたのである。その結果が今週号に発表されている。

調査方法は、各県庁所在地の代表的な繁華街に行き、10台後半から30代と思われる女性100人を観察、酒井順子が美人だと認める女性の人数を記録する(交通量調査に使うカウンターを両手で使用)。女性の目だけでは偏見が入るので、男性編集者も同行し同じ判定作業を行い、両者の数字を合計して比率を求める。その結果があっと驚くこの数字(%):
青森  12,5
秋田  20.5
山形   7.0
新潟  12.5
富山   9.0
石川  12.5
福井   6.5


東京   4.0

最後に東京が入っているが、これは参考値。銀座松屋裏のスターバックスに座って店の前を通る女性100人を観察したものとのこと。東京の女性は化粧とか衣裳で誤魔化しているが、素顔だけで判定すると大したことはない(ブス揃い)とのことだ。秋田の美人度が際だって高いことがわかる。青森が意外と検討しているのは、ブス揃い東京から真っ先に行った場所だったので、調査員が幻惑されたものか。

結論的に「日本海美人一県おき説」は一応正しかったと「立証」できたとのこと。

それにしても、こんなアホみたいな調査に出張経費を出す「週刊朝日」とは、実にいい加減な会社で、とてもステキだ。